同じ ”人間” であるということ

社会問題
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こんにちは! 今回からowaブログに参加させてもらいます!まずは自己紹介から

りょーまです。owaとは高校の同級生で、筑波大学教育学類に通っています。

せっかくなので同じ分野に興味がある、書いていく内容に関連した本や映画、論文を知っている人、  これを議題に議論してくれる人と出会えたら最高にうれしいです。

早速、書きたいことをつらつらと書き殴っていきたいと思います。

はじめに

今回から数回にわたって障害について話していきたいと思います。

初回は障害者差別を考えていく上で一番大切にしたい  ”人間” とは何なのかということについて、考えていけたらと思います。

皆さんは、自分が ”人間” であると確信を持って言えますか?

エレファントマンをみて

ソース画像を表示先日、「エレファントマン」という映画を見ました。見たことがないという方のために大まかに概要を話します。

主人公は極度の奇形で生まれてきてしまい、エレファントマンと呼ばれたジョゼフ・メリックという男性です。(実在する方なので、ぜひリンクから飛んで写真を見てみてください)虐待や差別により完全に心を閉ざしていた彼が、お医者さんや周囲の人の支えの中で、少しずつ心を開いていくといった話なのですが、とても心に突き刺さった言葉が一つありました。

普段は頭巾で顔を隠している彼が、駅で頭巾を取られ騒ぎになり、人々に追いかけられ取り囲まれてしまいます。そこで彼が言い放ったのが、

        僕は象でも動物でもない。これでも人間なんだ!

四肢があり、知能を有し、直立二足歩行を行う、そんな定義を言いたいのではないでしょう。

彼が本当に認めてもらいたかった ”人間” であるとは何なのだろう。

青い芝の会から見えてくる人間観

”人間”  について考えていく上で、注目したいのが「青い芝の会」という団体の障害者差別反対運動です。この団体は、1957年に結成された脳性麻痺者による運動団体です。

彼らの運動の中で、「障害者も人間である」というフレーズが頻繁に出てきます。実はここで言う ”人間” が持つ意味合いは少しずつ運動の中で変遷していきました。

高山久子(青い芝の会創立メンバー)が書いた手記「小児麻痺患者も人間です」(1956年)の中には、

        私たち(障害者)に社会の一部を分けてください

という記述があり、ここでは ”人間です” という主張の中に社会の中に障害者の居場所・スペースを作ってほしいという意味合いが含まれています。

これが障害児殺害事件(1970年)での減刑反対運動 (また今度詳しく触れたいなと。。。)では害者だからと言って殺すな」といった叫びに変わり、

川崎バス闘争(1977年)では、「普通」の人が「普通」にしていること(バスに乗る・恋愛する・結婚するなど)を障害者にも認めてほしいという主張へ育て上げられてきました。

これらの運動を踏まえると、”人間である” の中には

          障害者も社会の中で生活する仲間である

   人々に認められている社会参加への機会や権利は障害者にも認められるべきである

というメッセージが含まれていることが分かります。

(「障害者差別を問いなおす」から一部引用)

まとめ

ここまで見てきたように、”障害者も同じ人間” という言葉はただ単に、健常者も障害者も生物学上同じ ”人間” に分類されるといった意味ではありません。

エレファント・マンは映画内では最後、生まれて初めて普通の人と同じように仰向けに眠り、それが原因で頸椎が脱臼あるいは窒息して亡くなります。(実際の死因については諸説あり) 映画のラストシーンである眠る際の幸せそうな満ち足りた表情はとても感動的です。

まさしく「普通」の人がやる「普通」のことが出来た、”人間” になれた瞬間だったのではないでしょうか。

ただ、このシーンには盛大な皮肉も伴います。”人間” になれたが故に死んでしまう。

ぜひ stay homeで暇を持て余している方は見てみてください。

次回は、今回の ”人間観” をもとに ”相模原障害者施設殺傷事件と優性思想” について思うところを書きたいと思います。ぜひ興味のある方、思うところがある方は語り合いましょう。

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