サルトルは「ドイツ占領下にあったときほど、自由であったことはなかった」と言った

私の考え方
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記念すべき50記事目なので・・・

今回は、私が一番好きな哲学者ジャン=ポール・サルトルさんの話です。

特に、人間は自由の刑に処されているという言葉は名言です。

私の考え方 1
  初投稿です。今後ブログを書いていくうえで、文章展開の基礎となる 思想 について書いていきます メニュー 完全責任主義 同一性と非同一性との同一性 他者の物体視 ...

サルトルさんっていったいどんな人?

1905年、パリに誕生。1924年、パリの高等師範学校に入学し哲学を学んだ。1933年から4年間ベルリンに留学、フッサールに指示して現象学を学ぶ。以後、哲学、文学の両面で執筆活動を行い、1938年に発表した哲学的小説「嘔吐」は、名声を博した。1939年、第二次世界大戦が勃発すると、フランス軍の兵士として従軍し、ドイツ軍の捕虜となるが、一年の抑留されたのち釈放され、占領下のフランス軍でレジスタンスに協力した。「存在と無」(1943年)、「実存主義とは何か」(1946年)など哲学方面の執筆活動を行うと同時に、内縁の妻ボーヴォワールらと政治・文芸誌「現代」を創刊し、アルジェリア独立運動への支持やベトナム戦争へのアメリカの介入反対など、政治的な言論活動も幅広く行った。

アプローチ倫理資料PLUS2018 東京法令

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「作家は自分を生きた制度にすることを拒絶しなければならない」としてノーベル賞を辞退したんだって

サルトルさんの思想

彼を語るうえで欠かせない3つのキーワードがあります

  1. 実存は本質に先立つ
  2. 両性の平等
  3. 自由の刑に処されている

一つずつ書いていきます!

1、実存は本質に先立つ

それまでのキリスト教をはじめとする従来の思想は「人間とは何かあらかじめ決まっている」としていました。(本質は実存に先立つ)

 しかし、サルトルさんは・・・

人間はみずからつくったところのものになるのである。

このように、人間の本性は存在しない。

その本性を考える神が存在しないからである。

「実存とは何か」より

つまり、私たちはスタート地点で未来が決まるのではなく努力で決まってくるといった考えになります。

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極端なスタートの差があったら成り立たないけど・・・納得

2、両性の平等

女性差別の議論であまり名前が出てこないけど・・・サルトルはボーヴォワールと契約結婚をしていました。

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婚姻も子どもを持つこともなく、嘘をつくことも隠し立てをすることもなく、互いの性的自由を認めつつ終生の伴侶となることを提案

ボーヴォワールは著書「第二の性」において「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」として、女性らしさとは社会的に作られたものと述べました。

その後のフェミニズム運動の先駆けになった女性です。

フェミニズムについて考える~アベプラを見て~
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3、自由の刑に処されている

この内容は、OWABLOGのモットー主語を「私」にと大きなかかわりがあります。

まず、サルトルさんのいう自由の定義から!

授業を自由にとれるようにしてほしい!

自分で好きな勉強をしよう!

サルトルさんのいう自由とは能動的に勝ち取るものであり、受動的に得るものではないとしています。

つまり・・・

”自分で”好きな勉強をしようとするのが本当の自由という事になります

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まさに、主語を「私」に

しかし、主体的な自由には責任が伴います。

この責任の重さを「自由の刑」と表したのです。

題名の謎に迫る

「ドイツ占領下にあったときほど、自由であったことはなかった」

この意味も分かるでしょうか?

何もかも思い通りにいかないとき(ドイツ占領下)に、自由を主体的に手に入れようと行動した

サルトルさんはこう言いたかったのです。

 

世の中には、一見自由に見えることも結局受け身であることは多いです

校則を緩くしてほしい

自由なサークル活動をさせてほしい

私たちは受け身の監獄にいるのかもしれませんね。

 

 

ということで今回は以上です!

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