[100記事記念] 私の考え方1~3改訂版ー100記事書くとどこまで上達するのかー

私の考え方
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2020年6月27日現在でこの記事が100記事目という事で・・・

初投稿記事と現在でどのぐらい記事のデザインや構成が上達したか比較!

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開始当初はHTMLやCSSについてほとんど知りませんでした! ちなみにブログ投稿にはWordPress、テーマはCocconを使用

※基本的に記事の内容自体は変えていないので、デザインや構成の変化を楽しんでください!

私の考え方1

私の考え方 1
  初投稿です。今後ブログを書いていくうえで、文章展開の基礎となる 思想 について書いていきます メニュー 完全責任主義 同一性と非同一性との同一性 他者の物体視 ...

初投稿です。今後ブログを書いていくうえで文章展開の基礎となる思想について書いていきます!

メニュー
1完全責任主義
2同一性と非同一性との同一性
3他者の物体視

完全責任主義とは?

この考えは「リバタリアニズム(完全自由主義)」を別視点からとらえたものです。

ちなみに「リベラリズム(自由主義)」との違いは、

弱者に優しい福祉社会を作る考え方がリベラリズムであり、弱肉強食の自由競争を推進する考え方がリバタリアニズムである  https://diamond.jp/articles/-/207986より

完全責任主義の詳細です。

まず、根本にあるのが「今日の弱者と強者の平等は実現不可能ではないか?」というものです。

出身や性別といった原則変更不能な先天的差と、学歴や知識といった後天的差が不公平を作り出します。

後天的差は遺伝や環境的要因も考えられますが、本当に手に入れたい力があるならば死ぬ思いをして努力すれば良いだけの話です。

よくこの考えを否定する人がいますが、自分の努力不足を正当化しようとしているように思えます。

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厳密にいえば、そういった側面もあるけど・・・

先天的差は、いまさら何をしようと変えられません。戸籍変更や性転換は可能ですが本質的には変わりません。

現実社会では、累進課税による所得の再分配や生活保護、法律の制定など不公平を是正するために弱者への「権利」を保障しています。

しかし、まだまだ不公平ですし非難する人もいます。

私が「平等は不可能」と考える根拠はここにあります。

「権利」ばかり主張して「私は~するぞ!」と言わない

つまり、自由意志による行動の欠如です。

「レールに乗った人生」と揶揄されるように、私たちは自由は与えられるものだととらえてしまいます。

言い換えれば、自由を選択することによる責任を逃れているのです。

「会社のせい」「社会のせい」「政府のせい」自分の選択に責任を持たず、自分の選択の責任を外部に押し付けるのです。

サルトルは「ドイツ占領下にあったときほど、自由であったことはなかった」と言った
サルトルさんの自由の刑の話から、ブログを書き始めた理由を書いています!

人間は自由の刑に処されている。byジャン=ポール・サルトル

このように、我々は責任逃れをしています。

しかし、回りまわって自分に責任が回ってきます。

(リストラなど)それならば、最初から「すべてのことは自分の責任と考えればよい!」のではないでしょうか。

障がいがあろうと、頭が悪かろうとそんなことどうだって良いんです

自分の行動は自分で決め、自分で責任をもって生きていく。のけ者にされたり、貧乏になるのは全て自分のせいで、現状維持も変化を起こすのも全て自分が行う。

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これが完全責任主義!

私の考え方2

私の考え方2
メニュー 完全責任主義 同一性と非同一性との同一性 他者の物体視 こちらの記事はフォントなどがごちゃごちゃなので改訂版をご覧ください。  今回は、「同一性と非同一性との同一性」についてで...

メニュー
1完全責任主義
2同一性と非同一性との同一性
3他者の物体視

今回は、「同一性と非同一性との同一性」についてです。これは、ヘーゲルの「弁証法」と深い関係がある言葉です。

ヘーゲルの弁証法とは

自分の考え(同一性)と他者の考え(非同一性)をともに否定し同一性を見出していくものです。

ではなぜ否定するのか?

否定する理由は、「ある肯定条件を成り立たせるには、他の条件が否定される」からです。

つまり、「私は大学生だ」という条件が成り立つには、「私は高校生だ」「私は社会人だ」「私は小学生だ」といった条件が否定されるということです。

こうして、一見して相反する考えの中に同一性を見出し意見を高めていくのです。

つまり、どういうことか?
矛盾が存在することの容認です。ともに成り立たないことも、否定をしてみると、解決策が見えてくるのです。

この考えをもとに完全自由主義による問題の解決につながるのではないでしょうか?

ここでは、私の考え方1で出した「不平等」について考えてみましょう。

「完全責任主義」は一人一人が各自で行うものである一方で、弁証法は「対話」で解決に至ります。

不平等のなかで最も代表的な「貧困」の解決策とは何でしょうか?

実力に応じて貰える金額は変わるものだ。

資本主義経済において貧困層が生まれるのはしょうがない。

人間は平等に生きる必要がある

貧困は連鎖し、抜け出すことができない

①「実力に応じて貰える金額が変わる」の否定は、「実力以外で貰える金額が変わるのはおかしい」

②「資本主義経済において貧困層が生まれるのはしょうがない」の否定は「資本主義経済以外において貧困層が生まれるのはおかしい。」

③「人間は平等に生きる必要がある」の否定は「人間以外は平等でなくてもよい」

④「貧困は連鎖し、抜け出すことはできない」の否定は、「貧困でなかったら抜け出せる」

②④からは発展できませんでしたが、①④からわかるのが、「お金の尊重」です。

地位はお金になり、お金は地位を向上させる

では、「地位」とは何か。実力や運、家柄も含まれてきます。

もっと言えば、地位は何によって維持できるのか。

地位の獲得は想像しやすいですが、維持は難しいです。

獲得時以上に何かが必要となっていく気がします。

ここで、第二の弁証法として地位の獲得と維持という二つの対立項が誕生し、引き続き止揚をしていくことになるのです。

少し話はそれますが・・・

③の否定「人間以外は平等でなくてもよい」これは、戦争などの対立が起こった時に登場します。

敵を「鬼畜」と言ってみたり、虐殺を行ってきた過去があります。

「人権侵害」と総称されますが、この否定は「自国民の人権尊重」です。

実際、ナチスはアーリア人を尊重し他民族を劣等とみなしました。(ヒトラーは著書「我が闘争」において当時同盟国であった日本人のことも劣等とみなしています)※実際にしっかり読んだことはないので今後読んだのちにBLOGに書きます!

ただ一方の意見を否定するのは危険です!!

私の考え方3

私の考え方3
 メニュー 完全責任主義 同一性と非同一性との同一性 他者の物体視 こちらの記事はフォントなどがごちゃごちゃしているのでこちらの改訂版をご覧ください  今回は三番目の「他人の物体視」につ...

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1完全責任主義
2同一性と非同一性との同一性
3他者の物体視

今回は三番目の「他人の物体視」について書いていきます。

この考えは以前見た映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」を見たことで言語化できました。すごい映画なので見てください!!

映画『三島由紀vs東大全共闘 50年目の真実』公式サイト
禁断のスクープ映像、解禁! 自決1年前に何があったのか? 伝説の討論会を13人の証言者と紐解く衝撃のドキュメンタリー!!

他人と自分の関係

三島由紀夫は劇中で他者との関係を「エロチズム」を用いて示しました。

最も興奮するのは他者に「意志」を認めないときだ、と。

これを東大全共闘に照らし合わせて論を進めていました。

この考えを聞いたとき私は、「意志がないと考えれば好きなことができる」と思いました。

 

一般社会に当てはめて考えてみると…

ミクロ

「好きなことができる」とは私権の制限です。

被権者は活動が制限され「かわいそう」なわけです。

しかし、これはあくまでミクロな視点=一人称の世界です。

マクロ

逆にマクロな視点=三人称の世界ではどうでしょう。

ここでは、一部の人が被害を受けても多数が利益を受けるならばよいと考えられます。(公共の福祉)

 

どちらも間違っておらず、その上対立関係(弁証法的に考えれば解決策が見えてくる)にあるのですが、社会全体の問題になると一部の否定的感情が圧倒し解決策が宙に浮かんだままになってしまいます。

新型コロナウィルス一連の対策においても、個人の移動の自由(私権)に気を使い、あくまで「自粛」としたことで結局広まってしまいました。

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この判断の良しあしは別問題だけどね

新型コロナウィルス拡大を%で見る
※この記事は、今後も対策を講じていくことを否定するものではありません 0.014%ってそんなに危険かな... 新型コロナウィルス(COVID-19)についてはこちらのサイトの数値を参考に考えていきます。 2020年4月4日7:52...

この観点からみれば、一党独裁国家の中国は有事における「社会全体の保護に強い」と言えます。

結局他人の物体視とは?

上記のように、社会問題を語るときは一部の犠牲に目を背け最大多数の幸福を目指すべきという考えです。

もちろん、対人間では発動しませんが人を数字で扱うときは物体視し、主観的感情によって解決策が左右されるべきではありません。

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私たちは、感情にひどく左右されます。

私は映画が好きなのですが、大多数の映画は「悲しい」「かわいい」「かっこいい」といった主観を伝え、楽しむものにとどまります。

 

今後、感情を超えた何か(言語化が難しい)を伝えてくれる映画に出会ったら

BLOGに投稿します!

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今見返すと、相当ひどいデザインや構成でした・・・今後もあえて(?)反面教師として残しておきます。

 

 

という事で今回は以上です!

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