一年間オンライン授業となると自分の存在意義を疑うわ

私の考え方
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後期もオンライン授業になり、来年は一年生みたいな二年生になりそうです。

ということで、今回は哲学者っぽく「自分の存在意義」について書いていきます!

オンライン授業について

存在意義について書いていく前に、少しオンライン授業について。

自分の通っている大学では基本的にZoomを使って、リアルタイムで授業を受けています。

なので、動画配信プラットホーム(youtubeなど)に載せられた映像授業を好きな時間に見るタイプとは違います。

自分の場合、リアルタイムなので時間の制限があり配信型よりは大変・・・かな?

オンライン授業の良い点・悪い点

メリットは

・人に会わなくてよい

・自分の好きな時間に受けられる(配信型の場合)

・どこにいても受けられる

・ITに強くなる

・発言することはほとんどない

 

デメリットは

・人と触れ合わない

・授業時間分画面を見続ける

・インターネット環境が必要

・IT嫌いが増える

・言葉を発しない

 

見て分かる通り、メリットとデメリットは表裏一体です。

人と話したり友達とワイワイしたい人は最悪だし、勉強に集中したい人は環境を選んで勉強ができます。

 

この2タイプが出てくると次は「大学の存在意義」についての問いが出てきます。

大学の存在意義

大学は勉強するところなのか、友達を作ることなのか?

【教育をRethinkせよ】新井紀子と波頭亮が、日本の未来を見つめ直す。

最近見たnewspicksの動画内で「大学のレジャーランド化」という言葉が出ていました。

幸か不幸か、大学は勉強”だけ”をするわけではないようです。

ですが、同時に人間関係を築く場”だけ”でもありません。

 

かの有名なスティーブ・ジョブズさんは大学で何故かカリグラフィーを学び、のちAppleの共同創設者となるウォズニアックさんに出会います。

 

しかし、今は人と会うことは推奨されません。

たしかに、SNSや街中で話しかければ解決しますが・・・

OWABLOG
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ただそれだけのことができないんだよな・・・

さらっとオンライン授業と大学の存在意義について書いたので、いよいよ本題の「自分の存在意義」について考えていきます!

人間は体がある

私たちはオフラインで生きています。

技術の発展に伴い、少しずつ人間固有の機能(会話など)がオンラインで再現可能になっていますが、やはり私たちそのものは物体世界から抜け出せません。

そんな匂いを発しながら生きる私たちが0と1の世界に溶け込もうとすると生じるのが存在意義です。

 

特にただ奨学金や親からの仕送りで生き、世の中に何のプラスもない大学生は、通常なら意味を与えてくれる他人がいないとなると・・・

 

トルストイは「人生論」のなかで、「幸福とは自己犠牲だ」と綴っています。

自己犠牲と書かれると大層なものに思えますが、実際は「他人のために行動する」という事です。

この「他人」は近くの親しい人が当てはまりますが、今このオンライン環境下では「世界の人々」と変化します。

※ちなみに人間は150人以上の人々とは親密な関係や変化を与えられないと言われています

 

OWABLOG
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仮想的に世界と近くなる=現実的に近所と遠くなる

 

どういうことかというと・・・

大学に入ると専門的なことを学びます。この専門性の高さは、言い換えれば一般性が高くなるという事です。

コロナ問題を考えるとき、身の回りの友人が感染したこと(個別性)より日本全体・世界全体の感染者数(一般性)を調べます。

地球温暖化問題を考えるとき、周りの気温変化より、世界の気温気温変化を調べます。

 

オンライン授業は、図らずもこういった全体を見ることによる閉塞感を与えていそうです。

 

OWABLOG
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より一層、身近なところから目を離され見ず知らずの世界に人々に目を向けることに

世界を見て考える存在意義

世界の中に投げ出された私たちオンライン大学生は、世界課題を知り・解決法を練り・結局何もできずにGPAを与えられます。

しかも、周りにオフラインの人間はおらず自分には何が変えられるのかすら知らないのです。

何も変わらず、誰かからも何も変えられることなく過ぎていく日々。

 

私たちの存在意義って何でしょう?

何も変えられない、誰とも親しくなれない私たちは何者なのでしょうか?

 

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